2018/12/15

写真屋の料金設定について思う事



 商品の値段設定と言うのは難しい問題だ。
私が写真屋を始めた当初、その発想は「下請け価格をそのままエンドユーザーに提示」だった。安い方がお客さんは沢山来るだろうと思ったからで、今でも若干そういう気持ちは残っている。

 しばらくして写真の先生に付いたのだけど、彼から、「人は仕事の価値を値段で判断する。だから値付けは安くてはダメだ」 と教わり、そうかなと思ってちょっと高くしたら本当にお客さんが来た。

でも、提供する側からすると撮っている写真の質は変わらない。なのでこれもどうかなと思う。良いものだから高いとか、高いから良いものだというのは、本当に良いものとは違う気がする。
大体、その先生からはこれを含め写真のあれこれをぼ無料で教えてもらったのだ。

 写真を買う側、撮影を頼む側からするとどうだろうとも考える。自分の写真を自分は幾らで買うだろうか?
これを考える時にはいつも、昔近所の河原で会った自作の尺八を吹いていたおじさんの事を思い出す。彼は夢中になって自作の尺八数本を私に見せてくれて、これらは1本百万円の価値があるのだと私に言った。
自分で売る物を自分で買うのなら、原理から言って幾らだっていい訳だ。


因みに写真屋をやって行く為に必要な原価はどの位かと言うと、
機材 発表会に持ち込むのは全部で100万チョイ
編集用パソコンとプリンター 40万位
これらは大体5年使える 

車代 120万+維持費60万
これは10年

なので、消耗する機材関係だけで1年間に50万弱はかかる計算になる。
あとかかるのは、毎回の撮影で必要な交通費と駐車場代、納品物作成に必要な費用等。

ウチの奥さんは、私か食べるご飯も必要経費と考えているフシがある。

2018/12/04

万年筆は書き味が全てではない(と個人的には思う)

以前のエントリーでラミーの万年筆に付いて書いたら意外とアクセスが有って、関心の高さがうかがわれた。
その記事には、ラミーサファリの書き味は割りばしレベルだと書いたのだけど(そしてそれは本当なのだけど)、でも、それだけ書いていたら片手落ちで、知らない人に対しては不親切だと思った。また誤解もあるかと思うので、以下に追記をしておく。

 そもそもと言う話、万年筆はペン先を紙に直接付けて書くものだ。なので、多少の差こそあれ大抵のペンには紙を擦る感覚が有る。
よく、ヌラヌラとか滑るようなという表現も見かけるけど、それはインクの良く出る太字のペンの事を言っているのだと思う。実家にもそういうのが有った。それはそれは書き心地が良かった。

 ここからは個人の意見。
で、そんな滑り最高のペンが最高かと言うとそうでも無くて、と言うのは、特に字が汚い自分のような者が使うとその字は大変読みにくい字になってしまうのだ。どの位読みにくいかと言うと、自分で書いた内容を忘れてしまうと自分でも読めなくなる位だ。

その点、例の割りばし風ラミーとか、世間ではカリカリすると評価されるペンで書いた字は何故か、後になってから読みえしてもちゃんと読むことが出来る。こっちの方が(自分にとって)筆記用具としては役立っていると言えると思う。

何でそうなるのだろうと考えるのだけど、これは多分、自分はペン先が紙にくっ付いてから書き始め、書いている途中は押し付け続け書き終わってからペンを持ち上げるという、鉛筆風の描き方をしているからだ。
こういう書き方でかつ手の動きがしっかりしていないと、つまり自分の場合だと、ペン先と紙がくっついている間中ユルユルと間断なく移動してしまう油性ボールペンやスルスルの万年筆を使ってしまうと、読みにくい、それこそミミズの這った跡みたいな字になってしまう。

その点、筆記時にチョット抵抗感が有り、かつその感じが書き始めから書き終わりまで一定していて変なピークや閾値の無い水性ボールペンやカリカリの万年筆は、悪筆の指先を適切に止めてくれ、字は読みやすくなる。のだと思う。

理由はともあれ、自分の場合書き味についてあまり評判の良くない万年筆の方が読める字が書けるし、またそれが理由でそういう万年筆を使っている。Amazonの評価とかで書き味はカリカリとかサリサリとか書かれているペンは自分には良さそうだな、と思う。そして実際良い。

うまい棒いろいろ味

娘が何かのイベントで貰って来た。巨大な袋にうまい棒が沢山入っている。
一つ取り出した彼女がまず言ったことは、小さくなった。

今これは幾らで売っているのだろうか? 昔は10円だったので、チロルチョコと並んで物の価値を示す便利な単位として使われていたのを思い出す。と言うか、その手の事を言う子供たち向けの商品だよなぁうまい棒って。